瀬平公園
瀬平公園について




指宿市方面から国道226号線沿いに車を走らせると見えてくる、奇岩・老松の葉陰に開聞岳を眺めることができる景勝地です。
洋々と広がる水平線には、硫黄島・竹島・黒島、また遠く屋久島が浮かび、夜は沖合の漁火が明滅して趣があります。
佐多岬も遠くかすみ、白砂青松の頴娃の海岸は絵によし、詩によしです。
施設情報
住所・電話番号
〒891-0701
南九州市頴娃町郡10452番地4
電話:0993-83-2511(南九州市商工観光課)
駐車場
約30台(身障者用有)
トイレ
あり(多目的)
遊具
なし
休憩所
あり
自動販売機
あり(トイレ近く)
「瀬平」の由緒
瀬平公園には現在大きな橋が架かっていますが、道ができる前は隆々とした岩礁が行く手を塞ぎ、「瀬平の瀬渡り」といって人々に恐れられた難所として知られています。
頴娃の郡地域から開聞方面までに行くためには、山間部である開聞の苙口(おろんくち)から町頭に出る荷辛路(にからじ)峠を越える方法と、海岸部である海に突き出た岩と岩の間隙を波しぶきを浴びながら跳んで渡る方法(瀬平の瀬渡り)がありました。
いずれも険しい道のりでしたが、特に「瀬平の瀬渡り」の方法は、老人や女性、子どもは一人では通ることのできないほどの危険な難所であり、元文3年(1738年)頃にようやく、瀬道が完成したと言われています。
その名残から、道路の東側の海蝕洞には、瀬平の安全を祈願して作られた観音像が元禄4年(1691年)にまつられています。
与謝野 鉄幹・晶子夫妻が詠んだ歌
- 建立:昭和62年7月3日(頴娃町観光協会)
- 揮毫:馬場 啓彰氏(元県立頴娃高等学校教諭)
【与謝野 鉄幹】
迫平まで 我れを追い来りて 松かげに
瓜を裂くなり 頴娃の村をさ
【与謝野 晶子】
片はしを 迫平に置きて 大海の
開聞が岳 立てるなりけり
【注釈】
- 迫平:瀬平
- 瓜:西瓜
- 村をさ:村長
解説
歌人与謝野鉄幹・晶子夫妻は、山本実彦氏(当時:改造社社長)の案内で鹿児島県各地を歴訪・吟行しました。
その道中、昭和4年(1929年)8月1日に頴娃を訪れた際、当時の村長である樋渡盛広氏による歓待を受けました。
その当時の様子を詠んだ歌と言われています。
鹿児島での吟行を結実した歌集「霧島の歌」の全書には、「自動車を南薩に駆る。…池田湖に到り、次いで頴娃村に出て、迫平(瀬平)の海岸に小憩して近く開聞獄を仰ぎ、また南海を展望す。竹島、硫黄島、屋久島等、遠く水煙模糊の間に在り。頴娃の村長樋渡盛広氏追ひて到り、西瓜その他を饗せらる。雲ありて、しばしば開聞獄を遮る。」と当時の様子を綴っています。
この歌は、洋上に屹立する開聞岳の雄姿と、樋渡村長の厚遇にこたえて詠んだものと言われています。
この記事に関するお問い合わせ先
【商工観光課 観光水産係】
電話番号:0993-83-2511
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更新日:2025年05月08日
公開日:2023年12月01日