【市指定史跡】松尾城跡

更新日:2026年01月05日

公開日:2026年01月05日

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松尾城跡

古殿から望む松尾城跡

松尾神社

左右の高まりが松尾城の曲輪(間の空堀部分が神社の参道となっている)

野崎と清水の境にある加覧山と呼ばれる山に,松尾城というお城がありました。
別名を川辺高城といい,南北朝時代(14世紀)の古文書に,「南朝方の軍勢が川辺高城に集結している」とあるのが最初で,室町時代に入ると平山城の出城として平山城主の重臣が城主を務めました。

室町時代の応永24年(1417年),平山城主の島津総州家の重臣で松尾城主の酒匂紀伊守が島津奥州家の島津久豊に寝返ったことがきっかけとなり,川辺を舞台とした島津氏一族同士の大きな合戦が起こりました。
この合戦では,総州家の犬太郎に味方した伊集院頼久らの援軍により久豊方は大損害を受け,和泉直久・忠次兄弟や祢寝清平ら多くの重臣が戦死しました。

また,戦国時代の島津忠良(島津総州家)と島津実久(島津薩州家)の戦いの際には,実久方で城主の鎌田加賀守が忠良に降伏し,新納康久が城主となりました。

現在,本丸があったといわれている場所には松尾神社があり,当時の遺構が良好に残っています。

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